文化財は日本が諸外国に誇れるものであり、地域振興にとっても不可欠です。内閣府が実施した『文化に関する世論調査』(28年度版)の中で、「日本の文化財を観光の資源として魅力あるものにしていくためにはどのようなことが重要だと思うか?」の設問に対し、最も多い51.8パーセントの人々が「文化財が良好な状態で美しく保存・管理されていること」と回答しました(*)。

高度な技術を用いて制作された文化財でも、”歴史”という経年変化の中では、当時の姿を維持し続けることは極めて困難です。しかし、時代を超えて受け継がれるよう、保存修復を手掛けるスペシャリストがいます。
今回は東京藝術大学美術学部保存修復工芸研究室を訪問し、漆芸作家であり漆芸保存修復講師を勤める奧窪聖美先生にお話を聞きました。

*内閣府大臣官房政府広報室が発表した『文化に関する世論調査』は以下よりご覧いただけます。
http://survey.gov-online.go.jp/h28/h28-bunka/index.html

オリジナルを侵さないことが文化財修復の基本

クリーニング
工芸品などでカケや割れが生じたときには、漆を用いた修復が日本の伝統的技法の一つですが、海外では合成樹脂を用いて直す手法が一般的です。
漆を使った素材はとても頑丈で、熱や酸・アルカリにも強く、漆は溶けることがありません。採取したばかりの漆は液体ですが、一度でも固まると再び溶けることはないのです。そのため、日用遣いの器やお皿などを修復する際には、漆による保存修復技術が特に重宝されています。

「漆か合成樹脂か?」の議論は、常に論争の対象になるそうですが、そもそも「なぜ文化財に修復が必要なのか?を考える必要がある」と奧窪先生は言及します。

骨董・古美術品の修復の際、カケや破損などがどこにあったのか分からないほど”新品”に修復されることがありますが、奧窪先生は「文化財の修復というのは、ダメージを直すこと。決してオリジナルを侵してはいけない」と指摘。修理の必要のない箇所まで全体に修理を施してしまうことで、オリジナルの価値を損ねてしまうことを危惧されました。

「アンティークルッキングを残すクリーニング」も保存修復の基本です。汚れが夥しいものであっても、化学薬品などを用いてクリーニングするのではなく、精製水などで丁寧に汚れを取ることが大事とのこと。上記の写真にもあるように、精製水で汚れを綺麗に取るところから作業を開始されていました。

文化財修復には高度な技術と資格が求められる

見積もり作成
漆芸の文化財修復者は、漆芸技術を要します。

文化庁は、都道府県・市町村教育委員会の文化財行政担当課の職員や美術館・博物館の学芸員、文化財の保存・活用に関わる団体の技術者を対象に、独立行政法人と連携・協力しながら研修やセミナーを実施。奧窪先生は東京藝術大学大学院美術研究科工芸専攻漆芸分野を修了後、国立博物館の保存修復に10年程度携わり、指定文化財修理技術者講習(文化庁主催)を受講。当時は修了まで3年の課程を経て、さまざまなジャンルの修復技術を学ばれました。

「復元を通してスキルを磨ける」と奧窪先生。漆芸は乾漆、蒔絵、彫漆、螺鈿(らでん)など幅広く、「修復内容も一つとして同じものはないから面白い」と話されました。

文化財の修復依頼が来ると、上の写真のように、依頼品に関する現況を詳細に記載。寸法を図り、修復ポイントのレポートを作成し、見積もりを行います。

乾漆とは

奧窪先生は漆芸の啓蒙活動にも力を入れています。五島記念文化財団の助成で欧米15か国を巡る海外研修を通して、日本から海外に渡った日本の文化財・工芸品の調査研究内容をまとめました。また、英国のヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で漆芸講座を担当し、海外の学芸員や研究者らに漆芸を教えられました。

海外研修中のお話の中で興味深かったのは、ヨーロッパを中心に「ジャパニング(模造漆芸のこと)」が文化史を形成していったこと。調査資料を基に解説いただきました。西洋では、いわゆる「日本ぽい美術品」として、漆を用いずに漆器や蒔絵の見た目を真似した模造品が独自の発展を遂げていったのです。日本の漆芸への憧れの強さが伺い知れます。

海外に渡った日本の工芸品や文化財には、施された後世修理が原因で更なる”傷み”に繋がることも少なくありません。「後世修理が悪いのであれば、それを取って直すことから修復する」と奧窪先生。臨機応変な対応が、保存修復の現場では求められるといいます。

日本産漆の復活へ 岩手県や茨城県で植栽活動も

日本文化財漆協会の常任理事も務めている奧窪先生は、同協会の活動を通して岩手県や茨城県での漆の植栽活動にも従事されています。日本産漆の減少が顕著である昨今、こうした活動は日本の文化財保存のために欠かせません。

▼日本文化財漆協会
http://bunkazai-urushi.org/

また、文化財の保存を手掛ける一方で、新しい文化の創出としての作家活動でも活躍されている奧窪先生。専門の乾漆作品を数多く手掛け、日本伝統工芸展へ出品されたり個展を開かれたりしながら、漆芸の魅力を伝えています。

奧窪先生の作品をいくつかご紹介します。

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奥窪聖美先生プロフィール

漆芸作家、日本工芸会正会員。東京藝術大学美術学部非常勤講師(漆工史・漆芸保存修復)。1984年東京藝術大学大学院美術研究科工芸専攻漆芸分野修了、93年文化庁主催指定文化財修理技術者講習修了。99年より五島記念文化財団助成で1年間海外研修(西欧、北米)。2003年より文化庁芸術家在外派遣研修員として英国にて1年間海外研修。帰国後、Bunkamura、京王プラザホテル、日本橋三越本店など数々の個展を開催。受賞歴は1995年の第12回日本伝統漆芸展 東京都教育委員会賞受賞、98年の第9回五島記念文化賞美術新人賞受賞、2003年文化庁在外派遣研修員に選出。

日本ふるさと手しごと協会より

一般社団法人日本ふるさと手しごと協会が運営する「手しごと再生工房”RebornArt”」では、日本の伝統技法を用いた保存修復の情報発信を行っています。また、工芸品・民芸品などに用いる素材や原材料を生かし、長きに渡って日用遣いされるための修繕修復(リノベーション)のご相談も承っております。お気軽にご連絡ください。